ピアノを始めて1年ほどの生徒さん。
四分休符の場所で、しっかりと音を止めて弾いていました。
とてもわかりやすく手を大きく上げています。
意識的に休符を読んで演奏しているということです。
素晴らしいです。
昨年末、コンクールの講評で審査員の先生がおっしゃっていました。
必ず良い音で弾くこと。
そして作曲家の意思を守りつつそこに個性を出すこと。
作曲家の意思というのは、楽譜に書かれていることです。
楽譜に書かれていることはたくさんありますが、その中で音符の種類についておっしゃっていました。
音符の長さをどれだけ気にしていますか?
音大の入試や試験では「聴音」があります。
弾かれた音楽を聞いて楽譜に書き取ります。
音の高さだけでなく、その音がどれだけ伸びていたかを正確に聴き取らなければなりません。
聴音では音の長さをとても神経質に聴きますが、自分が楽譜を読んで弾くときにそれをどれだけ気にしているでしょう。
特にピアノは一度音を出したら音量を変えたり音色を変えたりすることはできず、減衰していくのみなので、意識が行き届かなくなりがちです。
でも、作曲家はここまで伸ばしてほしい、ここで音を止めてほしいと思って楽譜を書いています。
一度自分の演奏を録音して聴音してみてください。
音符の種類(長さ)、声部、強弱記号はどこまで有効なのか…
作曲家が書いた楽譜と同じようなものが出来上がりますか?とおっしゃっていました。
だんだんと弾く曲が難しくなって音が多くなってくると、休符が見えなくなっていく生徒さんが多いです。
音符は読むけれど、休符は読まない。
ペダルを踏んだ瞬間、鍵盤を押したらすぐに手を離してしまって、音符の長さやレガート、フレーズを失う人もたくさんいます。
音を伸ばすのは手の仕事のはずなのに、ペダルの仕事だと勘違いしてしまうのです。
演奏者が決められることもたくさんあります。
テンポ感、強弱の加減、アーティキュレーションの使い分け…
これは全くの自由というわけではなく、作曲家の意思を汲み取ってふさわしい選択をするということです。
この選択に、個性が出てくるのです。
音符の長さも、全てを寸分の狂いもなく正確に弾くのならば、それはコンピューターに任せれば良いことになってしまいます。
多少の誤差や、その解釈は個性になります。