姪がピティナの地区予選を通りました。
どうしてもピティナの予選を通りたい!と言って毎年頑張っていますが、2年連続で奨励賞止まり。
年齢にしてはそれなりのレベルの曲も弾きますが、決して上手ではありません。
私から見れば到底予選を通過するレベルの演奏ではなく。
そもそもコンクールは地区予選の通過を目標にするものではありません。
それに、ピティナは特にレベルが高いコンクールです。
力試しではなく、地区本選を通過して全国で戦いたい本気の人たちがたくさん出場しています。
それでも姪は毎年エントリーするので困ったものなのですが、それが目標ならば叔母として最大限の応援をします。
生まれた時からずっと仲良くしている姪。
身内にレッスンはしません!と言い続けたので、他の教室に通い始めました。
一番最初に受けたピティナのコンクール前、姪の演奏を聞くと酷いもので、少しアドバイスをしました。
そのうち毎回コンクールの本番前になると、癖の強い姪の演奏に驚き、せめて恥をかかなくても済むように…と、口を出し始めました。
私が関わるのはコンクールの曲だけ。
基礎がきちんとできていないと変わらないことがたくさんあります。
弾き方の癖はなかなか抜けず、固い手首に音色、不自然なフレージングや不思議な歌い回しの表現…
結局、ハノンが増え、練習曲が増え…
身体の使い方を伝えて、楽譜も一緒に読み込んで…
いつの間にか、本格的に姪の練習に付き合うことになってしまいました。
毎回コンクールの曲は、姪にとってギリギリです。
私のコピー演奏をさせることで精一杯。
この音はこの音よりも強くならないように。
思っている半分の強さで十分。
1拍で自然に減衰して消えるように音の強さを考える…
左手に右手を馴染ませる。
右手のトップの音をまろやかに…
歌うのは左手。
ペダルを少しだけ入れる…
本当に1音ずつ細かく作っていきます。
そういうレッスンですから、どれだけ上手に弾いても、聴いている審査員の先生にはわかります。
やっぱりどこかに噓臭さがある不自然な演奏になるのです。
「よく曲を理解されています」というコメントは、指導者としては有難い言葉ですが、よく練習しましたね、ではやっぱり奨励賞です。
結局今年も同じようなアドバイスをしながら、今年は私のコピーではなく、せめて2人で曲を作れるように…
ここはどう弾きたい?
ここはどう思う?
じゃあこうしてみるのはどう?
すると、やっと姪から「これ変じゃない?」「こうやって弾くのは?」という言葉が出てくるようになりました。
今年は、本番前に姪に「本番は好きなように弾いて良いよ」と言うことができました。
人に言われたことそのままでは、どれだけ正しくても本人の音楽ではありません。
少々変なところがあったとしても、本人がこう弾きたい!という演奏の方が断然魅力的です。
その「変なところ」が「少々」になったので、そう言えたのです。
ドキドキの本番。
自分の本番よりも緊張する姪の演奏。
課題曲の1曲目をきちんと弾ききると、どうかもう1曲も弾けますように…
上手になったなぁと思わせてくれる演奏でした。
あれ?もしかして…今年は行けるんじゃない?と思うと、心が落ち着かない結果発表までの時間。
これも自分のコンクールの結果を知るよりもずっとドキドキです。
結果が張り出される掲示板の周りは人だかりで近付けません。
姪はどこにいるかな?と探すと、見に行っていた姪の頭がピョコピョコと跳ねています。
悪い結果ではなさそう。
予選を通過できたと聞いて、涙が出てきてしまいました。
どうしても欲しかったピティナ予選の盾を受け取って凄く嬉しそうな姪。
他の出場者はここからスタートなのでしょうが、姪にとっては一旦のゴールです。
よく頑張りました。
毎年3ヶ月以上をかけて仕上げる2曲。
姪にアドバイスをしながら、自分が学ぶことも多いです。
身体の使い方、楽譜の解釈、音楽の作り方…
姪に言うことは自分も気をつけること。
講評のアドバイスは私に言われていること。
姪に追い付かれないように。
私もまだまだ頑張らなければなりません!
