2019年2月19日

過ぎたるは猶及ばざるがごとし

小学生の頃、モーツァルトの装飾音の演奏法を知らなかった私は、その箇所をショパンなどと同じように拍の前に出して弾いてしまっていました。
どのタイミングでその演奏法の解釈を理解したのか覚えていませんが、ずっとその書き方が不思議でなりませんでした。


なぜこんな書き方になっているの?
装飾音符でなく、通常の音符(16分音符4つ)で書けばいいのに…


何か伝えたいことがあるのだと思うのですが、どういう意図があるのだろう。

ある作曲の先生は、前打音よりも主音符の方が重要な音だから、ということでした。
確かに重要ではあるけれど、なぜ装飾音符を使って書くのかは、それでも良くわかりません。


わざわざ装飾音符で書かれているけれど、そもそも装飾音符の存在意義って何?

芥川也寸志さんの著書『音楽の基礎』に書かれていることが一番しっくりきました。


装飾音符を用いて書くことは、目的の音がどの音であるかをはっきりさせるという点で効果があり、さらに演奏者が自覚して演奏することを要請されている、と書かれています。

そして、言葉に置き換えての説明が続きます。
「あら、いらっしゃい」という言葉の場合、「あら」が装飾音に相当します。
「あら」が付いた「いらっしゃい」と、付かない「いらっしゃい」では、「いらっしゃい」のニュアンスが変わってきます。
同じように、装飾音は音符が付け加えられるということのほかに、そのあとにくる音の表情を変える意味を持っています。

なるほど!ですが、この説明は、モーツァルトの装飾音の書き方に限定したものではありません。

モーツァルトが師事したC.P.E. バッハの著『正しいピアノ奏法』には、18世紀中頃の演奏様式が書かれています。


全ての前打音は、次の主音符よりも強く奏され主音符へと導かれる。
前打音は主音符の音価を取り、主音符は前打音の長さの分、短縮されることになる。
こう書かれているので、前打音を拍の頭に持ってきて主音符を遅らせるのは、当時の普通の弾き方だったようです。


ウィーン原典版のピアノソナタの楽譜の解説を読んでいたら、「装飾音と装飾法」のところに、大事なことが書かれていました。

モーツァルトは、16分音符の装飾音を、16分音符よりも八分音符のアッポッジャトゥーラ(前打音)と記した。
レオポルト・モーツァルト(アマデウス・モーツァルトの父)は、アッポッジャトゥーラに小さなサイズの音符を使うのは、十分な教育を受けていない音楽家がその上にさらにアッポッジャトゥーラを加えないように、その不協和で装飾的な性格を示すためである、と述べている。
アクセントのある不協和音と言う真のアッポッジャトゥーラは、拍上で演奏される。

これが一番の答えかもしれません。
楽譜は、隅々まできちんと読まなければいけません。

レオポルト・モーツァルトの著書『ヴァイオリン奏法』に詳しく書かれています。

もちろんすべての前打音は大きな音符で記して、拍に割り当てることができる。
しかし、これが記譜された前打音であるとわからず、すべての音符に装飾を付けてしまう演奏者にかかると、旋律や和声はどうなってしまうというのだろうか?
そのような演奏者はきっと、前打音をさらに追加して、演奏してしまうだろう。
こうなると、不自然きわまりなく、大げさでごちゃごちゃしている。
(第9章 §3より)

現在、楽譜に書かれている以上の装飾をすることは、非常に勇気のいることですが、モーツァルトの時代の音楽は今よりずっと自由で、演奏者が任意に装飾音を足し、色付けをするのが普通でした。
レオポルトは、旋律の骨格の音か装飾の音か、どちらなのかを見分けられない初心者の演奏家のことを残念に思っていたようです。


確かに、装飾音に更に装飾音をつける演奏者はそうそういないでしょう。
装飾音を付けて欲しくなければ、それを装飾音符にしてしまえば良いということであれば、なるほどです。

解決。

知識が足りなかった頃の私は、モーツァルトよりも後の時代の演奏法の前打音で弾き、これは間違いでした…
「楽譜に忠実に」が基本となった今では、レオポルトの親切も逆効果ということでしょうか。
専門でない人も気軽に弾ける楽譜には、前打音を使わず16分音符で書かれているものもあります。


どうしてもそう弾いて欲しかった!ということは、とにかくモーツァルトがこだわった、ものすごく重要な部分なのですよね。
レオポルトの教えに従って、これからも余分な装飾を付けずに素直に大切に弾きたいと思います。

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