お気に入りのCDがあります。
アンリ・バルダさんが演奏するショパンのソナタ。
そして、2008年に紀尾井ホールで開かれたリサイタルのライブ録音。
これには、ブラームス『8つの小品 作品76』、ベートーヴェン『ピアノソナタ 第28番』、ショパン『舟歌』『4つのバラード』が収録されています。
とてもよく構築されていて奥深く、丁寧に整った演奏です。
安定したテンポ、明快なフレーズ、美しい音、バランスのとれた和音。
よく組み立てられていて冷静ではありますが、決して冷めているわけではなく、涙が出るほど美しいフレーズがあったり、絶望感、切迫感、いろんな感情も見える素晴らしい演奏なのです。
東京文化会館で「アンリ・バルダ ピアノリサイタル」を聴いてきました。
スピード感がありパワー溢れる演奏。
ライブでのバルダさんの演奏は、CDとは全く違いました。
あらかじめ計算され尽くしているというよりは、その1回きりの演奏を楽しむような自由さがあります。
こういう音楽を作りたい!というのが前面に出た、とてもテンションの高い演奏。
そして、速い!
とにかく猛烈に速いので、その音楽に私の耳と頭が追いつかない部分もあって、今まで知っていたショパンの曲とは違う曲に聞こえて新鮮でした。
プログラムは『4つの即興曲』からスタート。
4曲目は有名な「幻想即興曲」。
中間部、美しさに浸るような音楽ではありませんでした。
あのテンポで4曲の即興曲をセットで演奏したら、確かにそういう演奏になるかも。
とても辛口なショパン。
こうパリッと弾かれると、甘いショパンが受けを狙った薄い演奏に思えてきてしまいます…
「舟歌」の後、「ピアノソナタ 第2番」。
第3楽章「葬送行進曲」、中間部は、自分を自分で別の場所から見ているような客観的な演奏で、決して入り込み過ぎず淡々と、それがとても美しい…
絶望の現実に引き戻されて、終わる直前、ちょっとこれでは感情が昂り過ぎじゃない?と思っていると、一瞬で涙が出るほど悲しみに満ちた音になり、この落差の美しいこと!
こうやって、音楽に引き込まれていくのです。
最終楽章は圧巻!
休憩を挟んで「バラード 第1番」と「バラード第4番」。
渦を巻くようなスピード感。
こんな所にこんな旋律があったのか!と新しい旋律をたくさん聞かせてくださいました。
マズルカから4曲。
土臭さがあるマズルカも好きですが、バルダさんのマズルカは都会的で華のある演奏でした。
そしてそのまま「ピアノソナタ 第3番」へ。
マズルカの後、誰一人として拍手をしません。
曲間の空気感も含めて、生演奏の楽しみだと感じました。
CDの演奏は、ミスがなく完璧でなければいけません。
学生の頃、音楽心理学の授業で、録音再生でのミスは聞き流すことができないという話がありました。
確かにCDで聞くミスは、許せないほど違和感が大きなものになります。
当たり前ですが何度聞いても同じ場所で間違える、そのうち聞く時には間違える場所を待ち構えてしまい、やっぱり間違える、でも直ることはない、その繰り返し。
これが結構なストレスになります。
ですから、例えば「ライブ録音」と言われるCDであっても、多少の編集が加わっていることがあります。
青柳いずみこ著『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』によれば、バルダさんの紀尾井ホールでのライブ録音のCDは、実際にはリサイタルと、後に再度同じホールを借りて演奏したものを編集に使用しているそうです。
CDとライブ演奏が違うのは当然です。
どちらもバルダさんの演奏。
どちらが良いとか素晴らしいとかではなく、その場にふさわしい演奏があるということです。
生演奏のエネルギーをそのままCDにするのが必ずしも最適であるとは限りませんし、リサイタルでひたすら正確に弾いても音楽は伝わってこないでしょう。
CDのバルダさんの演奏は完璧に整っていてバランスが良くて好き。
そしてリサイタルでは、生きた音楽を聴いた2時間でした。
アンコールにはワルツを2曲。
これも超高速でしたが、上品な音の粒がキラキラとして、とてもお洒落でした。
東京の2日前、名古屋の宗次ホールでのリサイタルも聴きに行きました。
あれは、怒りのショパンに聞こえました…
宗次ホールでは、バルダさんのパワーが飽和状態になってしまって、受け止め切れていなかった感じ。
バルダさんの演奏は、東京文化会館くらいの大きなホールじゃないと耐えられないのでしょう。