2023年7月23日

トマトとピアノの色

バロックの曲を弾いても古典派のソナチネを弾いても、近代の曲を弾いても、同じ音色。
普通の小学生に、たくさんの音色を持てと言うのも難しい話ですが、音色の使い分けができている子がいるのも事実。

ある日の車の中、姪との話。

トマトの塗り絵があります。
何色で塗る?と聞くと「赤色」と。
その後「それか黄色?」と。


多くの人が赤色で塗ると思います。
赤色のトマトよりも好きだから、みんなと同じは嫌だから、という理由で黄色や緑に塗る人もいるかもしれません。

個性的に紫が良い!と紫色で塗っても、見た人にはトマトだと伝わらないかもしれません。
世間の暗黙の了解と離れたことをすると、伝わらなかったり理解してもらえなかったりすることがあります。
なぜトマトが紫なのか、何となくこの色がいいから、ではなく、きちんと説明できなければいけません。

「じゃあ腐ったトマトに塗るわ」という姪に「腐ったトマトは何色?」と聞くと、姪も「腐ったトマトって何色?」と。
腐ったトマトは茶色っぽくなるのでしょうか。
昔、おじいちゃんが畑をしていた時には、そこに腐ったトマトもあったのでしょうが、意識して見ていない物は記憶のどこにもなく、知らないのと同じ。
知らない物は塗れません。
経験や知識がたくさんあるということは、選択肢が多いということです。

じゃあ、黄緑色のトマトを塗ろうと思ったら、何色の絵の具がいる?
「青と黄色」。
そもそも青色と黄色の絵の具のチューブを持っていなければ、緑色が作れず、黄緑色も作れません。

さて、姪のピアノの色は、白と黒と赤の3色くらい。
だから黄緑色の音色は出せません。

絵の具はたくさん持っていた方が良い、そして混ぜてたくさんの色を作れた方が良いのです。

そんな話をしていると「塗り絵は、めっちゃこだわってするでー」と姪。
同じ色鉛筆でも、ちょっと濃くしたり薄くしたり。

音に対してもそれくらいのこだわりと考えがあると良いのですが。
でも、私だって、小学生の時に音色や表現のことまで考えがあったでしょうか。

そんな話をした数日後、美術館へ行きました。
京都市京セラ美術館で『マリー・ローランサンとモード』を観てきました。


マリー・ローランサンは、種類の違う白・青色・茜色・黒色の5色のみを用いて描いたそうです。
どんな色味もその5色の絵の具で出してしまうそうです。

色を絞ることで、その人らしさを出すこともできます。
ただ、もともと持っていないのと、持っている中から選択して個性を出すのとでは全く違います。

マリー・ローランサンの作品は、上品で優美で可愛いけれど、虚ろで儚げ。
向こう側が透けて見えるんじゃないかと思うくらいに淡く描かれた女性たちは、どこか遠くを見ていて目を合わせてくれません。
きっと、この展覧会が心地よく感じたのはそのせいでしょう。


マリー・ローランサンなら、5色の絵の具でトマトをどうやって描くのでしょう。

もし私がマリー・ローランサンの5色の絵の具しか与えられていなかったら、茜色でベタ塗りするしかないでしょう。
でも、画家の人たちなら、きっとその5色を巧みに使って、真っ赤な赤色だけでない、魅力的なトマトを描くことができるのでしょう。

同じトマトを塗るのに人によって塗り方が違うように、同じピアノを弾いているのに人によって出てくる音色が違います。

1台のピアノから数えきれないくらいの音色のバリエーションを出せるようになりたい。
曲によって、フレーズによって、音色を変えたい。

30年以上ピアノを弾いてきたので、さすがに、バッハとスクリャービンを同じ音色で弾いているということはないでしょうが、じゃあどうやって音色を変えるのかと問われれば説明できません。
そして、音色の違いをどうやって作るのか、端的に説明してくれた人にも出会ったことがありません。

外から入れてもらえるものではなく、自分で経験を重ねて、いろんなことを取り込んでいくしかないのだと思います。
そして、勉強や練習をすることで、必要な時に必要な物が取り出せるようになっていくのです。

塗り絵で色や濃淡を使い分けるようになるように、音楽でも、こう弾きたいという気持ちから音色が増えていくのだと思います。
さて、その気持ちはどうしたら出てくるのでしょう…

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