2023年11月8日

7番と31番

『ルシオール音楽塾 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ』を聴いてきました。
お話と演奏がセットになったクラシック音楽の講座です。



講師は岡田暁生さん。
ピアニストは、イリーナ・メジューエワさん。
前半は講義で、後半の演奏曲を解説してくださいました。
プログラムは、『ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調 Op.10-3』と『ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110』の2曲です。


ベートーヴェンが生まれたのは1770年。
フランス革命以後で、夢や希望に溢れた市民社会がスタートする頃です。

1791年に亡くなったモーツァルトと、1770年に生まれたベートーヴェン。
2人とも音楽史では「古典派」という括りになっています。
確かに作曲技法は同じようなところもありますが、世界観は全く違います。

モーツァルトはフランス革命以前の作曲家です。
王制、教会のお抱えになり、言うことを聞いていれば何とかなる時代でした。

フランス革命では、王制、教会や貴族社会を壊しました。
その結果、今までのように教会などを頼りにして生きていくことはできなくなり、自分の力で人生を切り開いていく必要に迫られることになりました。

フランス革命以降に生きたベートーヴェンは、教会音楽を1曲も作っていません。

まず、ソナタ第7番。
1796年から97年にかけて作曲され、1798年に出版されました。

この1年後の1799年に、交響曲第1番が作曲され、1800年に初演されています。
ふてぶてしく、挑戦的なエネルギーに満ち溢れた交響曲。

作曲家は交響曲を作曲する前に小さな編成で試作してみると言われます。
ピアノ・ソナタ第7番も、交響曲を書く前提で作られています。
弦楽四重奏曲や交響曲には4つの楽章がありますが、ベートーヴェンまでのピアノ・ソナタには3楽章しかありませんでした。
このピアノ・ソナタ第7番で、初めて4楽章を採用しています。

第1楽章、Presto。
普通、Presto(プレスト、極めて速く)は終楽章に使う速度で、第1楽章ならAllegroが一般的です。
人々は自立し、間もなく19世紀がやって来る!
自負の表われ、つまり、勢い余っているようです。


第2楽章は、Largo e mesto。
ニ短調は、ベートーヴェンが極めて暗い思いを託した特別な調です。
悲しみに打ち沈み、涙に暮れているような曲です。
この頃から難聴の兆しがあったのだと言う人もいます。


第3楽章は、Menuet。
とても優美で、ロマン派的な感性が見えています。
岡田暁生さんは、シューベルトを連想させるとおっしゃっていました。


第4楽章、Rondo。
ユーモアのある曲ですが、面白さというよりは、人を煙に巻くような感じです。
休止符がやたら多く、続くと思わせて止まったり、突然のフォルテなど、ベートーヴェン的な冗談とも思われる語法がばらまかれています。


政教分離!打倒教会!とフランス革命に熱狂していたベートーヴェン。
ピアノ・ソナタの中期頃までは、神を信じず、自立した人間の力強さを信じていたでしょう。

岡田暁生さんも、メジューエワさんも、ピアノ・ソナタ第7番は素晴らしい曲だとおっしゃっていました。
交響曲の試作と共に、弦楽四重奏の発想で作られているピアノ・ソナタがたくさんあり、第7番はそれが一番強く表れているそうです。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第7番は、ベートーヴェンの中では割と最初の方にレッスンを受ける曲だと思います。
信じられないくらい分厚くて重いベートーヴェンのソナタの楽譜を持たされ、何だかよくわからないまま、1楽章からひたすら練習…
入試や試験の課題曲だったり、コンクールの課題曲だったりして、真面目に勉強する曲です。
演奏会だと、中期や後期のソナタが選ばれることが多く、全曲演奏会以外ではあまり演奏されることがないように思います。


この講義を聞いてから演奏を聴くと、確かに凄い曲でした。
メジューエワさんの演奏は、ロマン派や近現代の曲を聞いたことがありますが、ベートーヴェンは初めてでした。
実は、ロマン派の演奏は、私には甘すぎるようであまり好みではなく、ベートーヴェンはどうだろう…と思っていたのですが、凄く力強い演奏でした。

そして、1821年に作曲された、ピアノ・ソナタ第31番。
岡田暁生さんがおっしゃるには、つかみどころがなく、概説をしにくい曲とのこと。
即興演奏かのように始まる、幻想曲的な第1楽章から始まり、だんだんと曲がしっかりとしていきます。
4楽章ありますが、第3楽章から第4楽章にかけては切れ目がありません。


第4楽章は、Fuga。
フーガは対位法を主体とした作曲技法で、バロックの時代、バッハの厳格な音楽として使われました。
一つの主題を軸に展開しながら精密に構築されます。


バッハの音楽は完全に教会音楽であり、神に帰依することが全てです。
人間の浅はかな知恵でどうこうしとうとせず、神頼み。
ですから、音楽も感情的に盛り上がったりはしません。

それに対し、ベートーヴェンが大切とすることは、人間の成長や変化です。
悩みがあり、戦い、ハッピーエンドを迎えます。
複数の楽章があるピアノ・ソナタは、人間の物語を表現するのに適しているように思えます。

世界の秩序を表すには向いているが、個人の主観的な感情を表すことには向いていないフーガ。
本来は混ざりあうことのない、ソナタの中にフーガが完全に入り込んでしまっています。

メジューエワさんは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中で31番が一番好きだとおっしゃっていました。
ピアノ・ソナタの中で、最も柔らかくて人間的だそうです。
終楽章のフーガは、人間の自立を願ったベートーヴェンですが、最終的には知的なもの(フーガ)を使って苦しみを乗り越える姿なのかもしれません。


アンコールでは、6つのバガテルOp.126から第5番ト長調を演奏してくださいました。

今回一番の収穫は、ピアノ・ソナタ第7番の素晴らしさに気付かせていただいたこと。
帰ってから楽譜を開いて、久しぶりに弾いてみました。

ピアノ・ソナタをレッスンに持っていきたいと先生に相談しましたが、今じゃないと言われ…
シューマンになりました…

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