演奏会のチケットを買う時は、だいたいプログラムで決めます。
熱狂的に好きな演奏家がいるわけではありません。
この曲はこの人の演奏が好き、違う曲はまた違う人の演奏が好き…
曲全体は別に好みではないけれどその中の一部分だけは好きということもあります。
でも、どんな演奏でもこの人の考え方や解釈は凄い!と思うピアニストさんは何人かいて、その1人が、アブデル・ラーマン・エル=バシャさん。
エル=バシャさん目当てにラ・フォル・ジュルネを聴きに行って来ました。
ソロのプログラムは『ショパンとマヨルカの冬』というテーマ。
『ポロネーズ 第4番 ハ短調 op.40』から始まりました。
エル=バシャさんの演奏は、深い洞窟の奥を探るような演奏。
聞いてよ!こんな演奏どう?というような外向きな演奏ではなく、ひたすら自己の内側へ向けて黙々と演奏している感じが、とても好みの演奏です。
『バラード 第2番 へ長調 op.38』。
冒頭のAndantino、エル=バシャさんならきっと素敵に演奏されるのだろうなと思っていたら、やっぱりその通り!
縦の響きと横の流れがとても心地良く、絶妙なバランス。
内声が素晴らしく美しいのです。
Presto con fuocoの部分、溢れてくる大量の音符も1音ずつ全て明瞭で、曲の設計図を見せられているようでした。
『マズルカ ホ短調 op.41-1』
和声の連なりで進む、重々しさのある曲。
薄暗くて寒く、懐かしさを感じる演奏でした。
ちなみに、この作品41のマズルカは、版によって曲順が違うのですが、プログラムは『op.41-1』の表記。
私は、マズルカはヘンレ版を使っているので、一緒だったら嬉しいな…
『24の前奏曲 op.28』第13〜24番。
ショパンらしい美しい曲と前衛的な曲が混じった、1曲ずつ起伏の激しい曲集です。
綺麗に粒が揃ったエネルギッシュな演奏、和音の響きの連なりが心地よい演奏、どの曲もエル=バシャさんの色で統一されていました。
「雨だれ」では、1音1音が本当に大切にされ、こんなに長い曲だった?と思うほど。
進むかと思われて進まない、停滞した音楽(もちろん良い意味で)。
きっと具合の悪いショパンが、雨が滴る窓の外を見ながらジョルジュ・サンドの帰りを待っていた時間は、こんな風に長かったのだろうな…
決して美しいだけの曲ではなく、ショパンの痛みが伝わってくるような演奏でした。
今回のエル=バシャさんの演奏、音色も素晴らしかったのですが、休符の使い方に驚きました。
休符は音を出さない時間ではなく、前の処理をする時間でも次の準備をする時間でもなく。
休符は「休符」という存在でした。
休符という響きがあるかのように、空間の音を聴く時間なのです。
驚いたのは、曲と曲の間も休符であったこと。
曲が終わっても、エル=バシャさんの演奏が終わらず、その集中力のまま次の曲が始まります。
客席もそれを感じ取って曲が終わっても拍手せず、息を殺して次の曲が始まるのを待ちます。
拍手できたのは前奏曲集の最終曲が終わってから。
よく私は、一緒に呼吸が出来るのが良い演奏と言っていますが、今回のエル=バシャさんの演奏は呼吸もさせてもらえないほどの緊張感あるものでした。
休符が呼吸をする場所でなかったから。
だからと言って息のない演奏ではなく、ちゃんと呼吸も動きもあります。
ものすごい集中力で、全身が耳になったかのように弾かれました。
聴いているこちらも相当の集中力が必要でした。
そして、全身を耳にして、たっぷりと聴いて来ました。
チケット、取れて良かった…